東京地方裁判所 昭和26年(モ)2758号 判決
債権者 財団法人 中村積善会
債務者 岩田寿
一、主 文
債権者と債務者間の昭和二十六年(ヨ)第一三二五号不動産仮処分申請事件について、昭和二十六年四月二十三日当裁判所のなした仮処分決定は、これを認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
二、事 実
債権者訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として、
「別紙目録<省略>記載の建物は債権者の所有に属するが、訴外株式会社銀座デパートは債権者との間の建物使用契約に基き右建物を借受けると共に昭和二十三年六月二十八日債務者との間に、債務者が右建物において魚類の販売に従事し、右会社の指定する者が、その会計を取扱い、毎日売上金額の一割を同会社が取得し、残額を債務者に交付する等の約旨で共同営業の契約を結び、それ以来右趣旨の営業が続けられて来た。
右の契約の期間は一年と定められていたので、昭和二十四年六月二十七日には期間が満了したのであるが、右の株式会社銀座デパートは同年十月四日銀座貿易株式会社(当日は銀座新興株式会社と称したが、後記合併と同時に株式会社銀座デパートと商号を変更し、更に昭和二十五年二月二十五日現商号に変更された)に合併して解散し、その法律関係を承継した銀座貿易株式会社は昭和二十四年十月四日債権者との間の前示建物使用契約を債権者との合議で解除すると共に、同月十四日債務者に対し共同営業契約の期間満了を理由にその明渡を求めた。
しかるに債務者はこれに応ぜず昭和二十五年十二月二十五日銀座貿易株式会社を相手方として右建物の使用に関し東京簡易裁判所に調停の申立をした。ところが右の調停の進行中その成立の困難なるものと見た債務者は、債権者及び銀座貿易株式会社に無断で昭和二十六年四月二十日早朝より突然柱、間仕切その他本件建物階下の大部分を殆んど全部取りこわし、債権者所有の設備その他の物品をも損壊した。
既に述べた如く債務者と銀座貿易株式会社との間の共同営業契約は期間の満了によつて終了しているのであるが、仮りに然らずとしても、右の契約には、営業場の設備その他改廃を必要とするときは協議の上これをなすものとし、若しこれに違反したときは直ちに契約を解除し得る旨の特約があつたので銀座貿易株式会社は昭和二十六年四月二十二日附書面で債務者に対し念のため右特約に基いて契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面はその頃債務者に到達している。
よつて債務者は最早本件建物を占有すべき何等の権原がないのであるから、債権者は債務者に対し所有権に基いてその明渡を請求するものである。
仮りに債務者主張の如く、債務者と銀座貿易株式会社との間の契約が賃貸借契約であると解すべきものとしても、既に述べた特約の違反として契約解除をなし得べき関係にある点については何等の消長を来たさないことは明かであるから、前示の解除の意思表示によつて既に消滅に帰したものというべきである。
よつて債権者は債務者に対し所有権に基いて本件建物の明渡を訴求するに先立ち東京地方裁判所に仮処分を申請し、右建物を執行吏の保管としてその占有の移転を禁止すると共に改築工事の続行を禁止する旨の主文第一項掲記の仮処分決定を得たのであるが、右決定は至当であるからその認可を求める。」と述べた。<立証省略>
債務者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定を取消し、債権者の申請を却下する旨の判決を求め、答弁として、
「別紙目録記載の建物が債権者の所有に属し、債務者がこれを占有していること、訴外株式会社銀座デパートと債務者との間の本件建物使用乃至営業に関する契約が債権者主張の如き経緯で訴外銀座貿易株式会社に承継されたこと、債務者から債権者主張の如く調停の申立をしたこと、銀座貿易株式会社から債務者に対し債権者主張の如き契約解除の意思表示のあつたことはいずれも認めるが、その余の債権者主張事実は否認する。
債権者は本件建物使用に関する契約を共同営業契約と主張しているが、地代家賃統制令の適用を免かれるためその様な形式の契約書を作成したにすぎず、実際は債権者主張の如き歩合金名義の賃料を支払い、期間は一年、但し特別の事情のない限り更新すべきこと、と定め昭和二十一年九月以来債務者においてこれを賃借して現在に至つている。
又債権者は営業設備の改廃を要するときは当事者の協議でこれをするという特約違反を主張しているが、これに関する契約書記載の条項は例文に過ぎず本件建物の賃貸借については営業上必要な店舗の造作は賃借人たる債務者において自由にこれをすることができることとされていたものである。債権者は債務者が本件建物を損壊したと主張しているが、債務者が賃借した建物は終戦直後の所謂建て放しの外装のみのバラツクで債務者において店舗の造作間仕切全部、水道工事、便所衛生設備、電燈工事その他畳建具等一切自ら設けたもので、債務者はそば屋兼すし屋に営業を変更するにあたり、以上の債務者自ら設けたものを取外し又は改造しようとしていたもので債務者の取外した柱は、債務者が基本たる柱に取付けた所謂抱柱である。従つて債権者の主張する契約解除はその効力を生じなかつたものである。
以上の通りであるから債権者に本件建物の明渡請求権のあることを前提としてなされた本件仮処分は失当なこと明かである。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
別紙目録記載の建物が債権者の所有に属し、債務者がこれを占有していることは当事者間に争ないところであるが、債務者と訴外銀座貿易株式会社との間の本件建物使用乃至営業に関する契約の性質について争があるので先ずこの点について考察する。
いずれも成立に争ない甲第二号証、同第六号証、乙第十四号証の各記載と証人新坂嘉志朗、同有元秀貞の各証言を綜合して考えると昭和二十一年九月債務者は訴外中村起東からその妻名義で建築された本件建物を賃借することの承諾を得たが、中村の申出によつてその方法として、同月三十日訴外銀座貿易株式会社の前身である銀座新興株式会社(右中村起東が代表取締役)と債務者との間に委託営業契約と称する契約を締結し、債務者は本件建物を使用して営業をなし、右会社に対し利益分配という名義で売上高の一割を支払う、(但し売上高の如何に拘らず毎日最低千五百円は支払う)こと、保証金名義で金二十万円を支払い、会計は毎日終業後双方立会の上で計算することとし、右会社から会計係を派して売上高を計算させるが債務者は同会社の委託した商品を販売するのでなく仕入販売等一切自らその名義でこれをなすという趣旨を定めたことが窺い知られる右の事実と前記新坂証人の証言を併せて判断すると債務者は本件建物全部を占有使用し、自らの名義で営業しており売上高の一割(しかもこれが一日千五百円とならない場合でも一日最低金千五百円を支払うとして最低額が確保されている)というのは右建物使用の対価として支払われる関係にあると見るのが相当であつて、例えば売場の一部又は商品陳列ケースを使用する場合とその性質を異にし、右建物の使用関係はその対価が確定額でない(但し最低額のみ一日金千五百円と定められている)だけで通常の店舗の賃貸借と何等異るところがないものと認められる。
この契約は本件で問題となつている契約のいわば前身であるが、前掲の各疏明によると右の契約が地代家賃統制令違反の疑があるということ等の理由でこれをそのまま維持できなくなり、前記の最低額の定め及び保証金名義の金員の授受を除く趣旨で、同じく中村起東が代表取締役をしている株式会社銀座デパートとの間に昭和二十三年六月二十八日附で債権者の主張する如き約旨(但し魚類販売にのみ限定していたとの趣旨は認め難い)の共同経営に関する契約という形式を採つた契約(本件で問題となつている契約)を結び、これに切りかえることとしたことが知られる。右の契約書(甲第二号証、乙第十四号証)には通常の建物の賃貸借と異なる趣旨の文言が記載されているが、その実質は先に判断した契約と同じく建物使用をその核心とし、ただ共同経営という形式を採つたため、建物使用の対価として売上高の一割を支払うこととし、同時に右会社より会計係を派して計算にあたらせるという点において、実質的にも賃貸借の典型契約とは異る型態となつたことが知られる。そこで次に右の賃貸借の典型契約と相違する点からして本件契約について建物賃貸借に関する法の適用を排除すべきものと解すべきかどうかについて考えて見なければならない。
右の建物使用の対価は売上高を標準としてその一割と定められ、その最低額の保証は除かれたのであるが、これは純益の何割という定め方と異り営業が継続している以上必ず相当額を確保することができるものであり、しかも本件建物の存する場所(所謂銀座通り)から見て、営業を止めて住居に使用するようなことは通常考えられず(乙第十四号証によると住居に使用すべからざることが規定されている)右会社が債務者に本件建物を使用させる限り通常相当額の対価を収め得べきものと考えられるからこの点も賃貸借と相容れぬものと認め難く、又右会社から会計係を派して計算にあたらせているという関係について見るも、前記新坂証人の証言によると仕入販売等営業の一切はすべて一貫して債務者がこれに当つていたことが知られるから、これ又売上の一割という額を確実に収めるための処置にすぎないもので右に述べた契約の実体を左右し、債務者が右建物の排他的使用(占有)を有しない共同の営業と見るべき根拠となし得ない。
なお証人中村静尾、同津田薫の証言中には以上の認定に反する部分が存するが、これは前示新坂、有元、各証人の証言に照らし採用できず、他に右の認定を覆えすに足る疏明はない。
以上述べた如く右の契約は本来対価を支払つて建物を使用せしめるという目的に出ながら、共同経営という形を採つたため典型的な賃貸借契約とならなかつたのであるが真実共同経営ではないのであるから、建物の使用関係に関する限り賃貸借に関する法の適用を受くべきものと解するのが相当であつて、その使用関係の終了については債務者は借家法の規定による保護を受くべきものと考えられる。然らざれば、本件のような形式を採ることによつて借家法の規定は容易に潜脱されることになるであらう。
そうして右の契約が債権者の主張する如き経緯で訴外銀座貿易株式会社に承継され同会社と債務者との間に存するに至つたことは当事者間に争ないところである。してみれば債権者の主張するところの期間満了を理由とする本件建物明渡請求権の発生はこれを認めることができないのである。
そこで次に債権者の主張する特約違反を理由とする契約解除について判断する。
前示甲第二号証の記載によると本件の契約については営業場の設備その他の改廃を要するときは契約当事者協議の上これをすべきものとし、若しこれに反したときは契約を解除することができる旨の約旨のあつたことが一応認められる。債務者は右の条項は所謂例文に過ぎず実際には営業上必要な店舗の造作は賃借人たる債務者において自由にこれをなし得る旨の特約があつたと主張する。証人田中又五郎及び前記新坂証人の各証言を綜合すると、本件建物は債務者が使用を始めた当時は電気、水道工事は未完で造作もなく債務者がこれを設け、その後も再三債務者において建物の補修、営業種目の変更に伴う内部の模様替、造作の変更等の工事をなし、これについて契約当事者又は債権者との間に何等の紛争のなかつたことが窺い知られるのであるが右の事実のみを以つては、債務者の右の主張を肯認するに足らず、結局債権者主張の右の特約の疏明を覆えすに足る十分の疏明はないのである。
然し右の特約に基く契約解除もどの程度の改造工事がこれに該当するかは具体的事情を検討してこれを決すべきものであるから、次に本件で問題となつている改造工事がこれに該当するかどうかを考えて見る。
証人津田薫の証言によつて昭和二十六年四月二十一日撮影した写真(本件仮処分現場の写真であることについては争がない)と認められる甲第十号証の一乃至十一及び右津田証人並びに前記新坂、田中両証人の各証言を綜合して考えると、右の工事は債務者がすし屋兼魚商を止めてすし屋兼そば屋を始めるためにすし屋の所謂屋台その他の店内の設備を一旦取りはらい模様替をすると共に、さきに二階を支えるため梁を加えた際これを支えるため取付けた所謂抱柱一本その他債務者が建物に附加してその一部となした欄間等を取外したものであることが一応認められ債権者の主張する程のものではないのであるが、この程度の工事も右の特約に定めたものと解する外なくこれについて銀座貿易株式会社と協議の上なしたものでないことは債務者の明かに争わないところであるから、債権者主張の特約違反の事実については一応その疏明があつたものと判断せざるを得ない。そうすると、銀座貿易株式会社からこれに基く契約解除の意思表示が、債権者主張の頃債務者に到達したことは当事者間に争がないから、これによつて、債務者と前示会社との本件契約は解除となり、債務者は本件建物を占有すべき権原を失い、債権者の所有権に基くこれが明渡の請求を拒み得ないものといわなければならない。
そこで次に右の明渡請求権保全のため本件の如き趣旨の仮処分の必要性があるかどうかについて考える。この点に関しては、現に債務者が工事中途でこれを禁止され営業の継続が不可能となつていることは口頭弁論の全趣旨から明かであるので、かような損害を与えるような仮処分がその必要の限度を超えているかどうかが問題となる訳である。成る程債務者の蒙つている損害を考えると一応改造工事を完成させた状態においた上現状の変更を禁止するのが穏当の処置とも考えられるが、一面本件改造は本件建物に附合せしめられて債権者の所有に帰した部分の損壊を含むものであつたことは既に認定したところから知られるから、かような点をも合せ考えると改造工事を全面的に即時禁止した原決定はこれを違法として取消すべきではなく債務者の蒙つている損害については別個の方法によつて救済を求むべきものである。
そうすると債権者の本件申請は理由があり、これを認めてさきに当裁判所のなした仮処分決定はこれを認可すべきものであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 安岡満彦)